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AI研究の現状と日本のAI戦略

いつの世も技術の発展は科学研究の飛躍的な進歩を後押ししてきました。AI(人工知能)の進歩も見逃せません。近年は世界中、あらゆる分野でAIの導入が進んでいますが、昨年のConsultancy.asiaの記事(記事へのリンクは後述)に、日本企業のAI導入が米中より抜きん出ていると掲載されていました。とはいえ、一方では日本全体のIT化の遅れの深刻さが指摘されています。今回は、日本政府のAI戦略も含めてAI研究の現状を探ってみました。

AIツールの浸透が学術研究を後押し

今やAIツールは研究活動に不可欠な存在となっています。研究者自身が膨大なデータを分析するために四苦八苦するのではなく、AIを含めた新しい技術を駆使することにより、効率良く研究を推進し、科学研究のさらなる発展と新たなレベルへの引き上げにつながっているのです。具体例を挙げれば、研究論文発表数が急増し、年100万本近い論文が発表されているとも言われる中、研究者は効率良く文献を検索するために検索機能を活用しています。膨大な情報(論文)の中から必要な情報を検索、フィルタリング、コンテンツの抽出を行うことを可能とするAIを搭載した最先端のツールの利用は、もはや必須となっています。研究に関連するキーワードなどを入力するだけで関連する論文を見つけ、さらにその論文の著者の他の論文まで検索できる機能は、研究効率を上げるのに大いに役だっているのです。

学術出版側にとってもAIは力を発揮しています。ツールを使い査読段階で論文に盗用・剽窃などの不正がないかを検出することが可能となっています。AIツールは人間のようなバイアスを受けにくいので、データを読み込ませて有益な結果を探し出すような客観的な分析・検出を行うにも適しています。

このようなAIツールの助けにより、研究者は研究のより本質的な部分に注力することができる時代となりました。多くの研究者が文献調査や検索などの単純作業に要していた時間を研究に費やし、生産性を向上させることができるようになっています。技術革新によって生まれたAIが、さらなる発見、イノベーションの発展につながるだけでなく、研究プロセス自体の底上げ、スピードアップを可能にしているのです。

社会生活にも浸透するAI

AIを利用した研究成果は、さまざまな分野における新しいサービスとなって展開されています。この点では、企業の高い技術開発力も鍵となっています。画像認識・画像分析、音声認識、自然言語処理・機械翻訳、ビッグデータ解析などは、すでに日常生活に浸透しており、企業はさらなる開発を進めています。昨今話題の自動運転システムには画像認識の技術が、iPhoneのSiriやAmazonのAlexaなどの音声アシスタントには音声認識の技術が活用されています。コロナ感染拡大防止の緊急事態宣言下での外出状況把握は、通信会社がスマホの膨大な位置情報データを分析したものです。AIの利用は急速に拡大しており、これからも新たな活用法や事例が生み出されることでしょう。

日本のAI導入が米中を凌ぐ?!

2020年10月にConsultancy.asiaに掲載された記事には、米中と比較しても日本企業のAI導入がかなり進んでいると書かれています。これは米国に拠点を置く調査会社ESI ThoughtLabがコンサルティング会社などと共に15カ国、1,000社以上の企業を対象に行った調査をまとめたものです。マイクロソフト、グーグル、その他のシリコンバレー企業の躍進により、アメリカがリードしていると見られるのが一般的ですが、その米国をも凌ぎ日本がAI導入においてトップに立っていることが驚きと共に示されています。順位としては日本がトップ(24%)で、米国、英国、シンガポールが同列二位(18%)で続いています。AIの推進は日本が目指すSociety5.0(ソサエティ5.0)の中核を成すものであることから、AI導入を後押しする日本政府の姿勢もこの結果に影響していると見ています。また、日本企業がリターンを生み出すのに時間を要する、つまり現時点ではまだ投資収益率(ROI)の低いAIに対しても投資をする流動性を有していることにも注目しており、いくつかの要因が重なって日本のAI導入率が高くなったと記しています。実際、世界中のあらゆるAIへの投資の40%は利益を得るまでに至らず、利益が得られたとしてもその数は少なく平均で1%程度しかありません。AIはツールなので、導入規模が大きくなればそのメリットは高まり、ROIを引き上げることが可能とはいえ、企業がAI投資の元を取るには平均で17ヶ月を要するのが一般的としています。

この調査では上位に位置づけた日本ですが、コロナ対策において日本の現代社会の構造的な弱さ、デジタル化・IT化の遅れが露呈することとなりました。では、日本のAI戦略、Society5.0とはどのようなものなのでしょうか。

日本のAI戦略

日本政府は、日本が目指すべき未来社会の姿として「Society5.0」を提唱しています。これは、AIや5Gなどの最新技術を活用することで便利な社会を実現し、人々が快適に暮らせるようにすることを目的とするものです。サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させるシステムを構築し、経済発展と社会的課題の解決を両立させることを目指すSociety5.0の実現には、技術基盤となるAIの研究開発および投資の推進が必要です。そこで政府は、2019年6月にAI政策における基本方針「AI戦略2019」を公表しました。この戦略は、AIの多様性と可能性を認識した上で、今後のAIの利活用の環境整備・方策を示すものであり、基本理念として①人間の尊厳が尊重される社会、②多様な背景を持つ人々が多様な幸せを追求できる社会(インクルージョン)、③持続性ある社会の3つを定め、そのもとに「人材の育成」「産業競争力の強化実現」「技術体系の確立」「国際的なネットワーク構築」の4つの戦略目標を定めています。

Society5.0の実現には、研究開発、データ、人材という3つの要素が不可欠ですが、日本も他の国々と同様、AI関連技術の専門技能を有する人材の不足という課題を抱えています。長期的には、学校教育にプログラミングを導入するなどの教育制度改革や、学習環境作り(ネットワークインフラの整備やタブレット端末の配布など)、既存の労働力の活用を促進しようとしています。Society5.0の社会が新技術を活用して都市や地域の抱える社会課題を解決し、自然との共生を目指す持続可能な社会を目指すものであることから、国連が採択したSDGsの達成にも貢献するとして、官民を含む多くの機関や企業が取り組んでいます。

Society5.0の実現に向けて、安心してAIが活用できるようにするための原則の整備やプライバシー保護、セキュリティ対策が急務であるとともに、技術開発に必要なリソース(資金・人材)の投入、研究開発の拠点となる大学や研究機関の研究力再生が急がれています。

AI駆動型研究

今後、AI研究が進むにつれ、社会生活への影響はさらに大きくなることでしょう。AIを利用して新たな科学的発見や研究を加速させるという取り組みは「第五の科学」またはAI駆動型研究と称されており、AI技術を活用することで従来の科学実験の方法論(実験、理論、シミュレーション、データ)を飛躍的に向上させています。AI駆動型研究の成果は、まったく新しい素材や技術の探求にも役立つため、特に合成化学や物質科学、創薬や医学研究分野でAI技術がブレークスルー(飛躍的進歩)に果たす役割は大きいと言えます。人間が限られた時間とリソースの範囲で作業したのでは決して処理できない問題に迅速に取り組むことを可能にするのです。AIの研究およびAI駆動型研究は米中をはじめ多くの国で戦略的に進められており、ますますの発展が予測されています。

AIはどこに向かうのか

AIが研究に役立つこと、日本を含む各国がAIの利活用に力を注いでいること、AIを活用した研究の成果が社会に浸透していることが見えてきました。では、これからのAI研究はどうなっていくのでしょうか。IBMの研究者は、科学文献の検索(マイニング)に基づきAIが新しい仮説を生成できるか、さらに過去の文献の解析に基づき将来の科学的発見を予測できるかといったことを検証しようとしています。こうなると、AIツールが研究者をサポートするものではなく、実際の科学研究により直接的に関わってくることも可能となってきます。論文を書くことすらできるようになるかもしれません。既に、ジャーナリズムでは、大手報道機関が記事作成にAIを導入しており、AIのアルゴリズムが金融や経済関連の数値データを分析したり、ビッグデータから特定の傾向を見いだし人間の記者が記事作成をするのをサポートしたりしています。AIは記者の仕事を効率化するツールと位置づけられていますが、人間よりも大量のニュース記事を、はるかに速いペースで考え出すことができるようになっているのです。

AIがデータを分析して報道記事が書けるのであれば、論文も書けそうです。少なくとも、経験の浅い論文著者をサポートすることは可能でしょう。AIの利活用が進むことにより、研究者は研究開発におけるより大きな問題に焦点を当てることが可能な時代になっていることは明らかです。科学技術振興機構(JST)が「AI時代と科学研究の今」というサイトでさまざまなAIを活用した研究を紹介しているように、幅広い分野でAIを活用した研究が進行しており、今後の発展が楽しみです。

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